本日もご覧いただきありがとうございます。
今回のテーマはPusher症候群の臨床的特性と理学療法アプローチについてです。
脳卒中後のリハビリテーションにおいて、体幹の正中保持が著しく困難であり、矢状面および前額面上のアライメントの破綻を呈するケースに遭遇することがあります。
非麻痺側上下肢を過剰に伸展・外転させ、身体軸を麻痺側へ押しやるような姿勢制御異常を示す状態は、いわゆるPusher症候群(Contraversive Pushing)といわれています。
この現象は、身体的垂直感(Subjective Postural Vertical, SPV)の障害が主病態であり、視覚的垂直感(Visual Vertical, VV)が保たれている点が特徴的です。
Karnathらの研究により、これらの乖離が姿勢制御戦略の破綻を引き起こす機序が支持されています。
■ 症候群としての成立と影響因子
臨床上の観察においては、Brunnstrom recovery stage の進行や、FIMスコアに対するネガティブな影響が認められ、特にADLの早期自立を妨げる要因として考えられています。多変量解析において、Pusher症候群の存在は、自立獲得におけるオッズ比7.10と、半側空間無視(オッズ比2.00)を上回る臨床的影響を及ぼすことが示されています。
網本ら(2002)の報告によれば、Pusher症候群は広範囲な脳損傷、特に視床後外側部の損傷を背景に出現し、半側空間無視との併存を呈することも多いが、独立した病態として認識されるべきであるとされます。
■ 姿勢制御と運動学的分析
田尻ら(2009)の症例報告では、非麻痺側腹筋群の筋緊張低下および麻痺側体幹筋群の活動低下が中心軸の偏倚を助長し、姿勢制御の崩壊を引き起こしていたとしています。これにより、骨盤後傾・体幹屈曲・側屈・回旋位の複合変位が生じ、非麻痺側上下肢の遠位筋群による代償的な支持戦略(=Pusher動作)が誘発されています。
非麻痺側腹筋群の遠心性収縮を促通することで、中心軸を正中へと再調整するアプローチが奏功し、座位・立位の安定性向上およびトイレ動作の自立へとつながったとしています。
■ 複合的因子へのアプローチの重要性
三浦ら(2016)は、Pusher症状のみに着目するのではなく、覚醒レベル・筋力・アライメント・感覚障害・高次脳機能障害といった複合的な要因に介入する必要性を提言しています。
特に、抗重力位での介入(歩行・起立訓練)や視覚フィードバック(垂直指標の提示)、さらに言語的プロンプトを用いた空間認識の補正が効果的であり、座位保持能力顕著な改善を認めており、Pusher重症度分類およびContraversive Pushing Scaleにおいても、6点満点から3点への改善が報告されています。
■ 理学療法士としての介入戦略
Pusher症候群に対しては、“力で正す”のではなく、“中枢神経に再学習を促す”介入が求められます。
-
身体的垂直感の修正: 視覚・体性感覚からの統合入力の強化
-
非麻痺側の過活動制御: 遠心性活動の誘導、支持面の設定
-
体幹・骨盤のアライメント再構築: 姿勢変位の誘導による運動連鎖の正常化
-
全身的アプローチ: 筋力、覚醒、注意機能、空間認知を包括的に評価・介入
■ さいごに
Pusher症候群は、単なる「押してくる行動」ではなく、感覚統合と姿勢制御の破綻が引き起こす複雑な現象。
臨床では、“どこを治すか”ではなく、“なぜそのような運動戦略を選ばざるを得ないのか”という視点が重要ではないでしょうか。
参考文献;網本和. Pusher現象例の基礎と臨床. 理学療法学. 第29巻第3号; 2002年:75-78.