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基本動作シリーズ④ 起き上がり動作の運動学的特徴と臨床的意義 ~動作分析に基づくアプローチとリハ介入の視点~

 

 

本日もご覧いただきありがとうございます。本日のテーマは基本動作シリーズ「起き上がり動作」についてです。

 

 

「起き上がり」は、日常の基本動作ですが、その背景には複雑な運動戦略があります。

同じ“起き上がり”でも、年齢や身体機能によって動き方はさまざまです。
特に体幹や骨盤、股関節の動きと連動性が重要になります。

本記事では、起き上がり動作の運動学的特徴を整理し、臨床での評価と介入のポイントをわかりやすくまとめました。

若手セラピストの方にこそ知ってほしい、動作観察の視点とリハビリへのつなげ方をご紹介しています。

 

 

◆ 起き上がり動作とは

 起き上がりとは、「仰臥位から座位へ」と姿勢を90°変化させる基本的な動作です。この体位変換は、重力に逆らって身体重心を大きく移動させるため、下肢筋力・体幹安定性・感覚統合能力が要求されます。特に高齢者や神経疾患患者にとっては、離床や移乗の第一歩として極めて重要な動作であり、その障害はADLの自立度に直結します。

 

◆ 多様な運動戦略と運動学的特性

 起き上がり動作の特徴は、その運動戦略の多様性にあります。神宮ら(2001)の研究では、ベッドからの起き上がり動作においてType-1〜Type-3、床からの動作ではType-8・9と分類され、年齢や身体機能に応じた戦略の違いが観察されています。

 さらに別の報告では、健常者でさえ同一人物が10回連続で起き上がっても、全く同じ動作にはならず、89通りものバリエーションが存在するとされます。これは起き上がり動作が「状況依存的・環境適応的・柔軟性の高い運動制御」によって成立していることを示しています。

 

◆ 起き上がりに必要な力学的課題

起き上がり動作には、以下のような2つの力学的課題が内包されています。

① 運動量の生成(Momentum)

 仰臥位から頭部・体幹を鉛直方向に引き上げるには、身体質量×加速度=運動量を生み出すことが必要です。
特に動作初期(第1相)では、腹直筋や腸腰筋群による体幹屈曲が働き、頚部屈曲や上肢リーチ動作が連動します。

② 重心の移動と制御

 動作中は、床との接触面(支持基底面)が頭部・肩・背部から坐骨に変化します。この支持基底面の変化に応じて、身体重心を移動・制御することが求められます。とりわけ高齢者では、速度制御とバランス調整がうまくいかず、反復動作や非効率な運動戦略を選択する傾向があります。

 

◆ 起き上がり動作における関節運動と筋活動

 前方起き上がり動作における主要関節の可動域は以下の通りです。

関節部位 最大角度(参考値)
頭部屈曲      約50°(動作初期)
体幹屈曲 約51°(床離脱に寄与)   
骨盤前傾 約55°
股関節屈曲 約52°

特に第1相の体幹屈曲の程度が床面からの離脱に大きく影響することが示されています。
一方、第2相以降では股関節・骨盤の可動性が重要であり、動作全体の協調性と継続性に関与します。

 

◆ 臨床でのポイントと動作観察

 臨床場面では、起き上がりの「成否」だけでなく、動作の質(運動戦略・速度・対称性)に着目することが重要です。

✅ 観察すべき要素

  • 動作の開始様式(頭部・上肢の位置)

  • 屈曲 vs 回旋の使い分け

  • 上肢・下肢の使い方(補助的か、主導的か)

  • 骨盤の可動性や安定性

  • 不要な代償動作(勢い任せ・反動使用)

 

 特に第1相の体幹屈曲が不十分であると、必要な運動量が不足し、結果的に股関節の過剰努力や頭部の代償的運動が増加することになります。

 

◆ リハビリ介入の戦略

① 起始相の促通:体幹屈曲と腹直筋の促通

  • 仰臥位にて頭部リフト+ドローイン
     → 重心を前方に移す練習として効果的

  • チューブ・スリングを用いた補助的収縮誘導 →重度麻痺患者に対しては背面にタオルを引いて体幹屈曲方向に誘導

② 運動連鎖の強化:体幹‐骨盤‐股関節の協調

  • 骨盤ロッキングエクササイズ(四つ這い)
     → 骨盤前傾・後傾の制御力を高める

  • ブリッジ運動+上肢リーチ課題
     → 全身の連動性を高める

③ 回旋パターンの導入(高齢者や麻痺側利用に有効)

  • 側臥位からのon elbowの練習

  • 起き上がり方向への環境調整(ベッド配置・寝返り誘導)

④ 床上動作への展開

  • 段差昇降・ハーフスクワット
     → スクワット型起き上がり動作

  • 膝立ち〜片膝立ち訓練

◆ 臨床応用と動作分析の意義

 起き上がり動作は、単なる筋力の指標ではなく、動作の統合性を映します。

感覚入力・姿勢制御・運動タイミングのいずれかが破綻しても遂行困難となるため、動作観察を通じて以下のような臨床推論が可能となります。

動作の特徴 考えられる背景
頭部の持ち上げが困難       頸部筋力低下、重心制御不良
側方回旋を多用する 体幹屈曲筋力の不足、骨盤可動性低下
上肢(push up)を強く使う 股関節伸展筋群の弱化、体幹バランス不安定
複数回の反動を用いる 運動量生成不足、姿勢戦略の切り替え困難    

  

◆ まとめ

 起き上がり動作は、単純な筋出力ではなく、動的な運動制御支持基底面変化に対する重心操作能力が問われる高次な基本動作です。

 健常者ですら多様な戦略を用いるこの動作において、臨床家はどのように起き上がっているのか?を詳細に観察し、対象者の運動特性に応じた段階的な介入を設計することが重要です。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

少しでも参考になれば幸いです。

 

参考文献

 起き上がり動作における関節運動の分析 大谷ら 2018

 起き上がり動作の検討 神宮 俊哉 2001