本日もご覧いただきありがとうございました。本日のテーマは歩行観察についてです。
歩行は、ヒトが最も日常的に行う運動の一つでありながら、高度な神経・筋・力学制御が統合された極めて精緻な運動です。特に、歩行周期の中で各筋がどのタイミングで、どの程度活動するかを理解することは、臨床での評価・介入の精度を高める鍵になります。
本記事では、以下の観点から歩行中の筋活動を整理します。
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歩行周期における主要筋群の活動タイミング
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臨床研究から読み解く中殿筋・大殿筋の役割
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歩行制御の運動学的モデル(倒立振子理論・Limb Kinematics)
歩行周期の基本と筋活動マッピング
歩行は、立脚期(Stance)と遊脚期(Swing)に大別され、さらに以下の7相に細分化されます。
相 |
英語表記 | 主な役割 |
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① 初期接地 | Initial Contact (IC) | 踵が接地する瞬間 |
② 荷重応答期 | Loading Response (LR) | 衝撃吸収と支持確立 |
③ 立脚中期 | Mid Stance (MSt) | 体重が支持側へ移る |
④ 立脚終期 | Terminal Stance (TSt) | 踵が離れる |
⑤ 前遊脚期 | Pre-Swing (PSw) | 爪先が離れる |
⑥ 初期遊脚期 | Initial Swing (ISw) | 脚を振り出し始める |
⑦ 中・終末遊脚期 | Mid + Terminal Swing (MSw/TSw) | 膝伸展と再接地準備 |
相ごとの主要筋活動:臨床に基づく整理
以下に、歩行周期における主な筋活動を整理します。参考文献には、兵頭ら(2008)による筋電図測定結果も反映しています。
🦶 ① 初期接地(IC)
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主動筋:外側広筋、大腿二頭筋、大殿筋、大内転筋、前脛骨筋
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目的:膝折れ防止・接地衝撃吸収
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機序:前脛骨筋の遠心性収縮により足関節背屈を維持し、踵接地を円滑にする。
🦶 ② 荷重応答期(LR)
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主動筋:大殿筋、中殿筋、大腿四頭筋群、ハムストリングス、前脛骨筋
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目的:骨盤の安定・膝関節の衝撃吸収
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臨床補足:中殿筋はこの相から最大活動を開始し、骨盤の下制を防ぐ。
🦵 ③ 立脚中期(MSt)
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主動筋:中殿筋、外側広筋、ヒラメ筋、腓骨筋群
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目的:体幹の前方移動、膝伸展の維持
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エビデンス:ヒラメ筋の遠心性収縮が脛骨の前方移動を制御し、下腿前傾を安定させる。
🦵 ④ 立脚終期(TSt)
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主動筋:腸腰筋、ヒラメ筋、腓骨筋群
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機能:重心の前方移動とトウオフの準備
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補足:ヒラメ筋と腓腹筋の求心性収縮による「推進力」の形成を行う。
🦵 ⑤ 前遊脚期(PSw)
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主動筋:腸腰筋、大腿直筋、腓腹筋
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目的:股関節屈曲の開始・振り出し準備
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臨床視点:大腿直筋は二関節筋として膝を伸展させながら股関節を屈曲させる。
🦵 ⑥ 初期~中間遊脚期(ISw/MSw)
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主動筋:腸腰筋、大腿二頭筋短頭、前脛骨筋
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目的:クリアランス確保
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補足:前脛骨筋の背屈保持がつまずき防止に重要。
🦵 ⑦ 終末遊脚期(TSw)
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主動筋:外側広筋、大腿二頭筋、前脛骨筋
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目的:膝伸展と接地準備
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臨床視点:大腿二頭筋の遠心性収縮による膝の過伸展制御。
中殿筋と大殿筋のEMG変化:荷重との関係
兵頭ら(2008)の報告によると、中殿筋と大殿筋上部線維の筋活動は片脚支持期への荷重量増加とともに段階的に上昇しました。
荷重量 | 中殿筋 (%MVC) | 大殿筋上部線維 (%MVC) |
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静止立位 | 3.2 ± 1.8 | 2.3 ± 1.8 |
60%荷重 | 8.5 ± 5.0 | 5.8 ± 4.2 |
100%荷重 | 15.7 ± 7.9 | 8.0 ± 7.3 |
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臨床解釈:中殿筋は約60%の荷重で有意な筋活動を示し、片脚立位で骨盤安定に中心的に寄与。
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大殿筋はより高荷重(80~100%)で活動増加。
歩行制御モデルと筋活動の意味づけ
✅ 倒立振子理論と力学エネルギーの変換
大畑(2021)は、歩行を“倒立振子の連続運動”ととらえ、立脚中期の高さ=位置エネルギー、初期・終期の動き=運動エネルギーと解釈しています。
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筋活動はこのエネルギー変換を最小限の代償で行うために存在する。
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特に中殿筋・ヒラメ筋・腸腰筋などの活動タイミングの精度が、力学的効率を左右する。
臨床応用:何を見て、どう介入するか?
観察ポイント
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片脚立位時に骨盤が下がる→中殿筋活動の不足
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トウオフが弱い→腓腹筋・ヒラメ筋の推進力不足
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足尖が引っかかる→前脛骨筋の背屈保持不全